【あの騒動から1年】ハンコ屋の中の人 兼 行政書士が語る、今あらためて問う押印の意味

去る、令和2年(2020年)6月19日、一つの文書が内閣府、法務省、経済産業省の三府省から、連名で発信されました。

その文書とは、「押印についてのQ&A」と題する全5ページのPDFです。

「押印についてのQ&A」(PDF直リンク)

中身については、至極当然のことが書かれているものなのですが、それをあえてこのような形で発信した背景には、皆さんご存知の通り、「コロナ過によるハンコ出社」等の報道によるものがありました。

本稿では、そのような文書の発信から1年余りを経過した現在、未だ日本のコロナウイルスの状況は劇的に変わらず、3度目の緊急事態宣言の発令中である最中(令和3年6月20日解除)、この一年での「はんこ」の存在意義、またあらためて問われる押印の意味について、考えてみたいと思います。

申し遅れましたが、筆者は現在、親の代から続く印章店(いわゆるハンコ屋)を営む傍ら、行政書士として、日々様々な行政手続きや押印書類と接する仕事をしております。

このような視点から、今回のコロナウイルスに伴うハンコの様々な話題について、私見をふまえながら考察して参りたいと思います。

押印に関する世の中の認識

さて、まずは世の中における押印に対する意識について、感じられることをお話し申し上げます。

上記でも述べた通り、私は普段ハンコ屋として、様々な理由でハンコを買いに来られるお客様との接点を持っておりますが、そのような直接的な立場だからこその視点や、実態についてをなるべく詳細に述べていきたいと思います。

昨年1年間のハンコ屋のリアル

まず、ハンコ屋として、売上が落ちたのか?まだやっていけているのか?といったところがリアルに気になるところかと思いますので、そのあたりから。

新型コロナウイルスが日本で騒がれ始めたのは、2020年の1月下旬頃からだったと記憶しております。

2月に入り、影響が深刻化。不要不急の外出自粛や全国の小中高校の休校、テレワークに関する話題も毎日のようにメディアに取りだたされました。

実際に当店の売上台帳を見ますと、2020年1月は前年度を上回る数字となっていたものの、2月は前年比約7割と、この頃から徐々に影響が出始めました。

4月に入り、政府は緊急事態宣言を発令。今まで以上に外出自粛が徹底され、さらには各施設や店舗への休業要請と、踏み込んだ策が講じられました。

結果、当店としても営業時間の短縮や、自主休業などの措置を、一定期間講じることとなりました。

それらの影響もあり、4月は前年比約6割、5月に至っては前年比5割を切る状況にまで売上が落ち込みました。

その後、夏場にかけては徐々に感染ペースもいったんは和らぎ、店の売り上げも一時期よりは回復をしてきたものの、2020年は1月を除いては全ての月で対前年比割れと、非常に厳しい結果となりました。

と、ここまでの話しは、基本的には、新型コロナウイルスの影響下による、よくある売上減の話しです。

もう一つの特殊要因「ハンコ出社」

しかしながら、皆さんご存知の通り、ハンコ業界においてはこのコロナウイルスの影響のほかに、もう一つの特殊要因が働きます。

それは2020年の4月頃からだったと記憶しています。

「ハンコ出社がテレワークの阻害要因となっている。」という各メディアの話題です。

この頃から連日のように、テレワークや行政のオンライン化、ペーパーレス化などのいわゆるIT化、効率化の妨げとして、「ハンコ」の存在があるといった報道が際立ってきました。

私が思うに、最初のきっかけとなったのは、当時のIT政策担当大臣であった竹本氏による以下の発言と、それに対するGMO熊谷氏のtwitterだったと思います。

「しょせんは民民の話」

これは、2020年4月14日の記者会見での竹本氏の発言です。

確かに、政府が積極的なテレワークを企業に要請するなか、書類に決裁印が必要などの理由でハンコ出社をすることは、民間どうしの慣習や、社内間のルールがそうさせているに過ぎないとう主張は、私には理解できます。

ただ、メディアや一般的な国民からすると、このコロナ禍において、そこを何とか良い方向へと変えていくのが政府の役割だろうと思ったのではないでしょうか。

さらに言うと、もはやIT後進国というイメージすらある日本のIT担当の現職大臣が、一方では「日本の印章制度・文化を守る議員連盟」(はんこ議連)の会長を務めているという、私を含め国民からすれば納得のしがたい人事が背景にあり、はんこ業界からの内部圧力でこれらの改革が滞っているのではないかと誰しもが思っていたところで、このような、ある種ごまかしのような発言をされたということが、世間の印象をさらに悪くしてしまったのではないでしょうか。

そしてこの発言の翌日、GMOの熊谷氏が以下のようなツイートをします。

「決めました。GMOは印鑑を廃止します。」

街のハンコ屋さんは、欧米と同じく公証人事業と電子署名代理店へ転換を。

世間では、上記のツイートがけっこう話題になりましたが、実は熊谷氏の上手いのが、15分後くらいにこのツイートに対して、以下のリツイート(という名の宣伝…)をしているところなのです。

「この際だからうちの電子契約を無料開放して皆さんに使って頂けば!」

(電子契約Agree改めGMOサインへのリンク)

上手いなーと思いました。やられたなーと思いました。(↓スクショ)

twitter

さて、はんこ議連竹本大臣の上記の発言は、奇しくもIT業界にとっては国民の関心を向ける願ってもないチャンスとなりました。

この発言を機に、IT業界が一気に脱ハンコへのアピールに力を入れていきます。

当のIT大臣から、民間の話しだと言われたことを踏み台にするかのように、各社が一斉に自社の商品をPRしだします。

テレビCMやSNSなどにも、脱ハンコ関連のものが増えていきました。

https://www.gmo.jp/denshi-inkan/ GMOグループ「印鑑の完全廃止に関するグループの取り組みと関連リンク集」

こちらのリンクは、GMOグループが印鑑廃止の取り組みについてまとめたページですが、中盤以降の報道リンク集をみますと、いかにメディアがこの「脱ハンコ」について取り上げていたかがお分かりかと思います。

同時に、国民の意識も脱ハンコへ向かい、ハンコに対するネガティブな意見が散見されるようになってきました。

私は職業柄、「はんこ」というキーワードのツイートが絶えず流れるブラウザを仕事中横に置いていることがありますが、当時はそういったネガティブツイートもかなり多かったことを覚えています。

(今はほとんど見かけません。流行りが終わったという感覚です。)

GMOサインの取り組み

とりわけ、GMOサイン(当時の名称は電子印鑑Agree)の取り組みには私もかなり注目をしていました。

ご存知の通り、GMOグループは、上記でも紹介した熊谷正寿さん率いる日本の総合IT企業の最前を走る企業です。

私も以前、熊谷氏の著書を2冊ほど読んだことがあり、また有名な手帳管理などのノウハウをかなり参考にしたこともありました。

GMO電子印鑑Agreeは当時、業界最大手のクラウドサイン(運営:弁護士ドットコム)に次ぐ業界2位のシェアを獲得していたという印象があります。

今回のツイートをきっかけに、一気にクラウドサインを追い抜き国内シェア1位を獲得しようと目論んでいたのかもしれません。

というのも、先程の熊谷氏のリツイート「この際だからうちの電子契約を無料開放して皆さんに使って頂けば!」は、のちにさらなる強力なキャンペーンにその姿を変えていくことになるのです。

その名も、「さよなら印鑑キャンペーン」(2020.6.25~2020.9.30)

この文字が各種メディアに踊ったときには、さすがにはんこ屋としてはゾッとしました(多汗)

なんともストレートなネーミングですこと、、、

このキャンペーンは、脱ハンコへの賛成・反対の投票とともに、不要な押印を経験したエピソードを投稿してもらうといったもので、このアンケートに参加すると、GMOサインの電子印鑑が一定期間無料で使えるというものでした。

結果は言わずもがなで賛成が多数を占めることになるわけです。

(※元々アンケートの対象がGMOの顧客リストとツイッター参加者という、ある種片寄った結果になることは想像できましたが…)

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000002988.000000136.html

中でもツイッターを利用したこのアンケートは、当時私も毎日のように目にしていましたが、やはりというべきか、ネガティブなものが圧倒的に多く、中には、日本の印鑑制度のことをいまいち理解していないと思われるものも多かったと記憶しています。

まぁGMOにしてみればそんなことはどうでもよく、とにかく今の世の中の流れを上手く利用して、自社サービスの利用率を上げるという目的は、大いに達成されたのではないかと思います。

ちなみに、この「さよなら印鑑キャンペーン」ですが、先日以下のようなアナウンスがGMOから出されており、無償提供については2021年6月30日をもって終了するとの内容が発表されておりました。

https://gmo-agree.zendesk.com/hc/ja/articles/900005461666?no=63157

理由が、新型コロナ感染症のワクチンが認可されたためというのが、何とも本末転倒な感じもしますが、これはキャンペーン開始当初からそのように謳っていましたので、そうしたのでしょう。

しれ~っと、よくある注意書きですが、

(中段)

継続でご利用していただく場合には、以下の料金が7月ご利用分より

発生いたします。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2021年7月1日(木)以降のプラン名・月額基本料金

・契約印&実印プラン月額:9,680円(税込)

・送信料:契約印110円/件 実印330円/件(税込)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【ご注意】

継続利用のお手続きがない場合、2021年7月以降、

上限ユーザー数1名、送信数5件までのお試しフリープランへの変更となります。

登録ユーザー数2名以上の場合、一時的にログインができなくなりますので、

ご注意くださいますようお願い申し上げます。

現代の月額課金型サービスでは常套手段です。googleだってAmazonだって当たり前のように同じことをやっています。

しかし、社内間運用であればまだしも、契約だの実印だのということになれば相手方のいる話しなので、混乱を招くことは無かったのだろうかと余計な心配をしてしまいます。

菅内閣発足。そして行革大臣のひと声…

さて、時を戻して2020年の9月。相変わらずの脱ハンコ世論の中に誕生したのが、現政権の「菅内閣」であります。

もう次に何の話しをするのか、察しが付くかと思いますが…

菅内閣発足からわずか1週間余りの9月25日のこと。

「正当な理由がない行政手続きについては、『はんこをやめろ』ということを押し通そうと思う」

「どうしてもはんこを残さなければならないような手続きがあれば、9月中にお届けをいただき、それ以外のものについては、速やかに廃止をすることにしたい」

河野規制改革担当大臣のこの発言によって、4月の竹本大臣発言から続いた押印不要論が一気に爆発的なインパクトを与えるものとなりました。

あいかわらずのツイッターではハンコのお祭り騒ぎとなっており、

  • 河野大臣のスピード感を称えるもの
  • 他もどんどんやれと同調するもの
  • そんな簡単に出来ることなら最初からやれよ系のもの
  • はんこは全廃止だと拡大解釈するもの
  • そんなことよりもっと先にやることあるでしょ系のもの
  • はんこ屋さんかわいそすぎじゃない?系のもの

などのような意見が散見されました。

しかし総じて称賛の意が多く、菅内閣発足の出だしは好印象。特に人事面での前回の汚点を振り払うかのような斬新でスピーディーな改革を実行したという結果が残りました。

ですが今になって振り返ってみると、政府のしたたかな戦略だったのかなというふうに私は感じます。

国民は、当時の政府がコロナ禍の給付金などの対応に何かと時間が掛かり過ぎていることに不満を募らせていました。

そんな窮地の中に誕生した菅内閣にあって、スピード感ある対応とインパクトのある結果がまずは欲しかったのではないでしょうか。

そこで下された決断が、行政手続きの押印廃止。もちろん業界団体などからの反発は予想されたものの、今の世の中の風潮からしてそれに勝る利があると判断し、このタイミングなら世論を味方につけられると思い、実行に至ったのではないでしょうか。

しかし、ここで今一度整理をしておきたいことがあります。

今回の「ハンコ出社」と「行政手続きの押印廃止」、これらは関係しているようで、直接的には関係のないことだということです。

ハンコ出社をしている人が、公務員や、行政への書類に関わる人ということならば、行政手続きの押印を廃止することでハンコ出社が減るということは理解が出来ますが、おそらく今回出社をしている人たちは、社内間や民間企業との間においての押印が必要なためにハンコ出社をしている人たちばかりなのではないでしょうか。

ですので、いくら行政手続きの押印を減らしたとしても、ハンコ出社自体は直接的に減るものではありません。

しかし世の中では、一般的なハンコ不要論として、両者の問題はほぼ同一視されていた感があります。

もちろん政府としては、行政側が率先してハンコ廃止にすることで、民間側もそれに追随するような動きがみられることを期待していた面はあったのだろうと思いますが、私からしますと、政府がハンコをうまく利用したという感覚を持ったというのが正直なところです。

そもそものハンコの話し

ここからは、上記の最中、具体的にはGMOがさよなら印鑑キャンペーンを始める少し前あたりに政府、各省から出された「押印についてのQ&A」に書かれていることも踏まえ、そもそのハンコとはどのような位置付けのものだったのかについてまとめてみたいと思います。

「押印についてのQ&A」をかみ砕いて書くとこうなる

まず、政府が示した「押印についてのQ&A」に書いてあることを端的に一言で表すと、このような言葉になります。

「最初から、ハンコが無きゃダメだなんて誰も言ってないよ。」

このことを回りくどく文書で説明しているのが、「押印についてのQ&A」です。

このA4全5ページの文書を、私なりに、誰が見ても言っていることが分かるように、(その分、精度は落ちますが。)かみ砕いて表現すると、概ね以下のような文になろうかと思います。(民事訴訟法「二段の推定」の部分は大幅に端折っています。)

契約書に押印をしなくとも法律違反にならないか。

なりません。

訴訟になった場合に押印の効果はどのようなものか。

相手からの有力な反証がなければ、有利に働きますよ。

認印、会社角印と実印の違いは?

上記のように訴訟になった場合は、種類を問わず捺しているほうが有利ですよ。

特にそれが実印であれば、証拠能力が高いですよ。

ハンコ以外でも立証できますか?

例えばメールのやり取りでもOKですよ。

ただし、以下のようなことをしていればなお良いですね。

(a)メールにより契約を結ぶことを事前に合意した場合の合意書の保存

(b)PDFにパスワードを設定

(c)(b)のPDFをメールで送るときに、そのパスワードを携帯電話などの別経路で伝達

(d)複数者宛のメール送信(to.担当者 cc.部長、取締役などの決裁権者)

(e)PDFを含む送信メールや送受信記録の長期保存

 ※あとは、技術の進歩に期待ですね。

いかがでしょうか。

一般的に、ハンコの役割を一言で表すと、「意思表示のあらわれ」という言葉が適当かと思いますが、この「意思表示」の最も簡便な手段がハンコなのであって、それに限定はしていないということです。

要するに、「ハンコを押してなくても問題ないが、押しといたほうが何かと安心だね。」

ということです。

この「何かと安心」が、ハンコの正体です。保険みたいなものです。

ハンコは日本人独特の思いやり

先程ハンコは保険みたいなものと例えましたが、似ているようで根本の部分で大きく違うことがあります。

それは、「相手方が存在するケースが多い」ことです。

保険は、通常本人のみに効果を及ぼすものですのですが、ハンコの場合、特に契約の場合には必ず相手方が伴うということが保険と大きく異なります。

つまり、自分だけ良くても相手のことまで考えなくてはならないのです。

そこで、日本人としては、相手に対する思いやりやマナーを考えるわけです。

だから、体裁(形式)にこだわってしまうのです。

ハンコなんていうのは、所詮そのほとんどは『体裁(ていさい)』や、『マナー』のために捺されているものなのです。(実印はまた違った意味がありますが。)

されど、特にビジネスシーンにおいて、体裁をわきまえるといったことは重視されがちであり、ハンコ本来の効果よりも、相手方(得意先)への配慮や体裁を優先していった結果、現代のハンコ文化が形成されていったのではないかと思います。

ハンコ本来の効果よりも体裁で捺す。

このことが体現されているのが、いわゆる大多数のケースで押されている認印です。

ハンコ屋にいますと、実にそのことがよく分かります。

鈴木さんの認印を買いに来る人は鈴木さんではない件

本当に、これはハンコ屋あるあるです。

当店は、役所や法務局、年金事務所といった行政機関のそばに実店舗があり、個人の既製印(認印)を税込み100円で販売(ほとんど利益なし)していますが、おそらく8割方の人が、本人の姓以外の認印を買っていかれます。

これこそがまさに河野大臣の言う、行政手続きにおける(不要な)押印というやつの正体です。

本人じゃない人が他人の印を買って押せるわけですから、まぁ一般的には不要と解されても仕方がありません。

しかし私が思うに、それは必ずしも単純にただ不要なのかというと、実は奥が深いと考えることもできます。

ですから私はあえて(不要な)の部分に()をつけているのです。

権限移譲ツールとしてのハンコ

私がハンコを一律で不要と考えない理由はこれです。

ハンコは権限移譲ツールである。

どういうことかというと、先程の鈴木さんの認印のケース、鈴木さんじゃない人が買いに来ていることは確かですが、仮に伊藤さんという人が鈴木印を買いにきたとして、これが本当に鈴木さんの知らないところで伊藤さんが悪意を持って鈴木さんになりすまし、捺印行為を行っているといったケースは相当にレアなはずです。

ではそこにはどのような背景があるかと言えば、鈴木さんは伊藤さんにあらかじめ(あるいは事後に)、鈴木印を押していいよという権限を伊藤さんに委譲しているケースがほとんどなのです。

これが署名でしたらどうでしょう。

人の書いた字というのは、ハンコと違ってその人でしか書けません。

ここが正にハンコがハンコとしての機能をいかんなく発揮できるポイントなのです。

「ハンコは誰でも押せるから意味がない」というのが、一般的な世の中の考えであることは確かに正論ですが、あえてここで真逆の表現をするなら、

「ハンコは誰でも押せるところに真の意味がある」

と私は思います。

今回のハンコ出社にしても、もちろん社内の色々な規定はあるのでしょうが、もう少しうまく権限移譲は出来なかったものかと考えてしまいます。

サインならまだしも、本人しか書けないのでその本人がサインのために出社する、いわゆる「サイン出社」のほうがまだ私としては納得がいきます。

今でこそ皆無になりましたが、昔宅急便の受け取りで不在の時に、郵便受けにハンコ置いておきませんでしたか?うちは結構そうしてました。

これもいわゆる、受取人と宅配のドライバーさんとの間での、暗黙の権限移譲ですよね。

さすがにドライバーさんも、受取人のサインを直接書くのは気が引けるでしょうが、ハンコなら気兼ねないですよね。

このように、ハンコは使うものだと思っているのです。

行政書士業務での実例

私は、はんこ屋と同時に行政書士として、日々様々な書類をお客様の代理人となって手続きをすることを業としていますが、まさに上記で述べた権限移譲ツールとしてのハンコをフル活用しています。

例えば、役所へ提出する書類。

事前にお客様からの同意を得た上で、お客様の姓の認印を当方が捺すケースというのは頻繁にあります。

むしろ、お客様からそうしてくれと言われます。(ここで権限移譲が起きている)

実印が必要な場面であっても、この権限移譲は起こりえます。例えば家族4人の実印の押印が必要な書類があり、それを家族のうちのひとりが4人分の実印を預かって一度に押印する場合などがあります。

これも、家族間で権限移譲が起きています。このほうが便利だからそうしているという実態がそこにはあります。

現状の押印に代替するツールについて

さてここからは、現代のハンコに代わるツールについて、どのようなものがあるかを見ていきたいと思います。

まず気になるのは、日本以外の国での実状はどのようになっているのかということでしょう。

結論から言うと、殆どの国ではサインで済ますことが多いようです。

米国を例に挙げると、サイン証明という制度があり、企業や個人が契約書などの文書に対するサイン証明が必要な場合は、ノータリー・パブリック(Notary Public)と呼ばれる州からライセンスを受けた公証人がそれを証明します。

日本と同じように印鑑登録制度のある国が台湾だそうです。さらに、韓国でも同様の制度があったようですが、近年段階的に廃止の方向へ進み、サインとの併用が認められているそうです。

さらに印鑑発祥の地である中国においても、日常においてハンコを使用する機会はさほど無いといいます。やはりサインで済ませる慣習のようです。

サインは便利か否か

上記の通り、諸外国ではサインが圧倒的に多いということなのですが、果たしてサインは便利なのでしょうか?

便利なはずですよね、普通に考えれば。

わざわざハンコを持ち歩かなくていいわけですし、印影が違うとか、無くしたとか、ふちが欠けたとか、キレイに捺せないとか、そういうのありませんからね。

しかし私には疑問があります。

前章で述べた、権限移譲をどのようにしているのか?ということです。

サインだと、できなくないですか?これが。

会社の印鑑に限って話をすると、実際の「代表者印」を本当にその代表者自らが押印しているケースというのは、実務では2割程度しか無いそうです。残りの8割は全て代表者以外のかたが捺しているということは、これがサインに置き換わった場合はどうなるのでしょうか。

「○○承認済み」とでも書くという方法くらいしか私には思い浮かびません。

英語圏か漢字圏か

サインが主流にならなかった理由の一つに、このことが挙げられると思います。

英語のサインはラクですが、漢字のサインは大変です。

単純にこの差は大きいと思います。

アメリカの大統領が大統領令に次々とサインをする映像が私は印象的ですが、あれが漢字だと、何十枚も書いてられないですよね、誰かがそのうちにこう言うと思います。

「サインじゃなくてハンコにしましょう。」

これがハンコの始まりです。

要職の人たちがラクするために作られた発明品がハンコなのではないでしょうか。

日本で最古のハンコと言われる「漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)」は歴史の教科書にもでてくるほど有名ですよね。

あれもいちいち本人が書いていたら大変ですよね。(当時は文字を書ける人自体が少なかったということも理由の一つとしてあるでしょう。)

世の中の誰もが使える仕様になっているか?

コロナ禍でのハンコ出社をネタにIT企業がハンコの代替ツールとしてPRしているものが、電子署名(電子印鑑)です。

従来の押印に比べ、手軽でスピーディー、その上コストダウンにもつながるという各社のキャッチコピーやセールスレター、さらにはメディアを使った現場取材において、その使いやすさをアピールする場面など、私も幾度となくそれらを見てきました。

もちろん、現場の意見としてコストダウンや効率化が図れたことに嘘偽りは無いと思いますが、それが世の中の誰しもに該当する成果かと問われれば、私には疑問が残ります。

特定の業種において、それらが真に有効であることは私にも理解ができます。年間に数百もの契約を取り交わせざるを得ない業種においては、それらの一連の業務が電子化されることにはとても価値のあることだと思います。

しかし一方で、ハンコに月1万円(先程のGMOサインの例)を払える会社というのも世の中にはそう多くはないでしょうし、何より相手方のいることですので、自社だけでどうにかなるものではありません。

また、もちろんのことですが、ネットワーク環境を整えたパソコンあるいはスマートフォンを装備していることが必須となります。

GMOサインやクラウドサインのような特定サービスを介した契約というものは、あくまでもそこのプラットフォームへ依存した形になるので、本来の意味での「契約自由の原則」から、ある種逸脱する面もあろうかと個人的には思います。

これらのことを考えますと、ある特定のサービスを介しての契約というのは、世の中の誰しもが使える環境には程遠いと言わざるを得ません。

マイナンバーカードしかない!

今まで説明してきた様々なことを踏まえ、いま最もハンコの代替手段になりうる可能性のあるツールはずばりマイナンバーカードでしか無いと思います。

マイナンバーカードの普及およびその活用次第では、日本の印鑑登録制度の廃止も現実のものとなる日が来るでしょう。

実際に、マイナンバーカードには既に電子証明書が内蔵されており、様々な行政手続きをオンラインで行うことが現実に可能となっています。

一例を挙げると、

  • 国税電子申告・納税システム(e-Tax)
  • 住民票や印鑑証明書の取得
  • 国民年金、厚生年金等の各種届け
  • 児童手当等の現況届

等々…

私もいち早くマイナンバーカードは作成し、今回のコロナによる定額給付金のオンライン申請時には大活躍してくれました。

しかし、同時に感じたことは、システムの分かりづらさと、やはり世の中の誰しもが使える仕様ではない(仮にマイナンバーカードを持っていたとしても)ということ、つまりは現時点では公平でない制度であるということです。

行政手続きのデジタル化について

今回の新型コロナウイルスがもたらした社会の価値観の変容は、かなりのインパクトとなったはずです。

外出自粛からネット通販の需要が伸び、テレワークの増加からオンライン会議が当たり前となり、教育現場においてもオンライン学習が進み、医療現場においてはこれまでにない負担、またオンライン診療などへの取り組み、もちろん行政においても給付金などのオンライン手続きが一般化されました。

同時に、その全てにおいて課題が浮き彫りとなり、各制度の根本的な見直しをより一層迫られる事態となりました。

デジタル化について指摘されている課題

今回のコロナ禍を経験したことで、以下のような課題が指摘されています。

  • デジタル端末普及状況
  • システム障害等による非常時の対応
  • 各府省庁における縦割り環境
  • 教育現場における学校間、地域間格差
  • 自治体ごとの制度運用の非統一性

これらを俯瞰してみると、一番の課題は、足並みが揃っていないという点に感じます。

ですから政府はわざわざこのコロナ禍において「デジタル庁」という国主導の組織を作ったのでしょうが、失礼ながら遅きに失したと言わざるを得ません。

デジタル庁の役割

それでも作ったからには、少しづつでも世の中を変えていくしか無いわけです。

政府はデジタル社会の実現に向けた改革の基本方針を次のように示しています。

~誰一人残さない、人に優しいデジタル化~

①オープン・透明、②公平・倫理、③安全・安心、④継続・安定・強靭、⑤社会課題の解決、⑥迅速・柔軟、⑦包摂・多様性、⑧浸透、⑨新たな価値の創造、⑩飛躍・国際貢献

出所:2020.12.21 デジタル・ガバメント閣僚会議

中でも、新設するデジタル庁には、次のような役割を想定しています。

  • 強力な総合調整機能(勧告権等)
  • 国の情報システムの基本方針策定
  • 地方共通のデジタル基盤
  • マイナンバー制度全般の企画立案
  • 民間、準公共部門のデジタル化支援
  • データ利活用
  • サイバーセキュリティの実現
  • デジタル人材の確保

誰一人残さないと明言するからには、やはり世の中の誰しもが自由公平に利用できる制度をデジタル化によって創り上げていっていただきたいです。

それが実現されない限りは、おそらく日本の印鑑制度も消えることは無いのではないでしょうか。

これからの行政書士とはんこ

さて、最後にこれからの行政書士とハンコの役割りについて、僭越ながら私がイメージしていることを述べて終わりたいと思います。

これからの行政書士

まずは、これからの行政書士という資格および仕事についてです。

この話題については、コロナウイルス以前から言われていることですが、AIによって仕事が奪われる可能性のある職業として、行政書士を含む士業が挙げられています。

このことに関しては同意する部分も大いにありますし、現実に様々な分野において既にその流れが発生しています。

分かりやすいところで言えば、クラウド会計ソフトなどが思い浮かびます。

以前は簿記の知識を習得した経理担当者あるいは税理士等が会社の記帳業務を担っていましたが、今では知識がさほど無くともAIが入力サポートを行ったり、自動入力を行ったりと、以前よりも人手を要さずに業務を行うことが出来るようになってきました。

では、税理士はそこで何をしているのかというと、クラウド会計ソフトのサポートに回っています。

いずれの会計ソフトも、税理士等に対して公認メンバー制度を敷くことで、会計事務所への付加価値提供を行い、結果として自社サービスへの顧客取り込みを見込んでいます。

おそらくこの流れが士業全域に広がっていくのではないでしょうか。

これからもありとあらゆる分野でのAI化、自動化、デジタル化、オンライン化が広まっていくことでしょうが、我々行政書士はそれらのサービスのサポート側に回ることが予測されます。

というのも、行政手続きのオンライン化とはいえ、先の持続化給付金や雇用調整助成金、一時支援金などを例にとっても、結局根本の制度設計が簡素化されるわけではないので、やはりそこには行政と一般事業者との間を取り持つ=「通訳する」存在として、今までと同様に、我々士業の存在意義を見いだせるのではないかと考えています。

政府として、行政手続きのデジタル化を今後も推進していく方向性は示されましたが、おそらくほとんどの手続きが、現行制度のものをオンラインに置き換えるだけの対応に取り急ぎなるのではないかと予想されます。

手続きそのものを根本から見直す時期が来るのはそのあとの話しであり、まずはそれらの手続きのサポートができる立場として、その役割りを果たしていく必要があるのではないでしょうか。

したがって考え方として、AIに仕事を奪われるのではなくAIと共存することで、より良いサービスを提供できる個の力が必要ではないかと思います。

また、そのための鍵もIT化であり、ITを活用して味方につければ個の真価を発揮することができ、ITによりひとりの生産性を上げることができれば、それはお客様にとって価値として還元ができるのではないでしょうか。

これからのハンコ

ハンコに関しては、これまでの一連の騒動の結果、「形骸化された押印」については廃止する方向で今後も進んでいくと思います。

しかし一方で、これだけの騒ぎになっても日本の印鑑登録の制度自体を変える動きにはならなかったということも事実としてあります。

従って、今後しばらくは電子署名(オンライン)とハンコ(書面)が併用して用いられることになるでしょう。

しかしながら、先程も述べたように、おそらくほとんどの手続きが、現行制度のものをオンラインに置き換えるだけの対応に取り急ぎなるのではないかと予想されることから、利用者側から見れば、そこまでの利便性の向上は感じ取れないと思います。

間違っても、持続化給付金のオンライン申請のように、紙ベースの誓約書を一度プリントアウトして自署してからもう一度スキャン又は写真撮影し、データとして送るという、オンライン申請ごっこのようなことをいつまでも続けるのは避けていただきたいです。

私が考える、オンライン行政手続きとは、

  • オンライン申請のほうが簡便であること。
  • オンライン申請に不安が無いこと。
  • オンライン申請のほうが処理期間が速いこと。
  • 世の中の誰しもが使えること。
  • 本人以外でも手続きができること。(権限移譲の問題)
  • (法定/任意)代理人による手続きが簡便であること。
  • 無権代理人による手続きが出来ない仕組みであること。

以上のような制度であるべきだと考えます。

中でも、ハンコのメリットである「権限移譲」の部分を、電子申請においても円滑に行えるような仕組みと、代理人による手続きが真正に行われる仕組みを備えておらないと、電子申請の普及は難しいと思います。

一方でこの実務的な話しとは全く別のカテゴリーとして、押印の文化はこれからも残ると思います。

例えば、賞状・表彰状・感謝状・修了証書・認定証書・卒業証書に押印が無くなるということは、誰しも望んで無いのではないでしょうか。

その他にも、御朱印や社寺印、神璽印なども、無くなることを望んでいる人は基本的にはいないでしょう。

究極的にはこういうものは、今回のような何かの歴史的事件をきっかけに世の中が変わるとしか思えません。

そうなると、3Dプリンタ等を使用した実印の偽造が絡む大規模な詐欺事件の発生が先か、はたまた電子契約を介した何か大きなトラブルにおける裁判所の判例待ちか、、、

といったところが現実的路線ではないでしょうか。

何やらきな臭い話しになってきてしまいましたので、最後にこの一年間の当店の認印の売上本数を前年度と比較した表を貼って、終わりにしたいと思います。

ハンコ印刷センター調べ

押印廃止、現実はいかに、、、

※機会があれば1年経った後の集計も公開したいと思います。

投稿者プロフィール

板橋のハンコ屋/行政書士 青木寛明
板橋のハンコ屋/行政書士 青木寛明
JR板橋駅すぐのハンコ印刷センター代表/行政書士の青木寛明です。
創業20年超のハンコ屋を先代から引き継ぎ、運営する傍らで、行政書士事務所を店舗内に併設しています。
気軽に何でも相談できる場所を目指しています。

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